2019.07.24 COLUMN

ananの変化から見る、日本のファッション雑誌の変遷

by 深地雅也

こんにちは、深地です。

先日、ananの表紙にHey! Say! JUMPの山田涼介さんが起用されていまして、Twitterのトレンドに上がっていました。ananの表紙にイケメンや美人が起用されると話題になるのはいつもの事なのですが、そういえばananって昔はちゃんとしたファッション雑誌だったはずだよなぁとふと思い出しまして。(今がちゃんとしていない訳では無いのですが(笑))

筆者も、ananがファッションをメインに掲載していた時代を直接知っている訳では無いのですが、実はananこそが日本で初めてショッピングの為の雑誌として創刊されています。anan1970年に、フランスの女性誌である「ELLE(エル)」と提携して創刊。時代もちょうどプレタポルテが勃興し出した頃ですし、カタログ的な情報誌が求められ始めたのではないかと。

 

ファッション雑誌の変遷


Charisse Kenion

ショッピングの為のファッション雑誌が生まれたのが1970年という事ですが、ではそれ以前にファッション雑誌は無かったのでしょうか。実はそれよりも34年前に、文化服装学院が「装苑」という雑誌を出版しています。この当時から、ごく一部ではありますが3、4ページほど「着こなし」に関するコンテンツはあったようです。しかし、そのほとんどは洋裁の技術に偏重していたとの事。付録で型紙(パターン)が付いていたり、というのも当時の特徴ですね。

今の若い世代の人たちからすると、ちょっと想像つかないでしょうけど、筆者が幼少期の頃(30年前くらい)ですら、自宅にミシンの無い家庭ってほとんど無く、母親がちょっとした服を裁縫する事も珍しくありませんでした。既製服という概念自体、市場に浸透しだして5060年程度の歴史しかありませんから、当然と言えば当然なのかもしれません。

 

「コーディネート」という付加価値が陳腐化?

日本で初めて「ショッピングガイド」という付加価値を盛り込んだananでしたが、今やそんなイメージは見る影も無くなったように思われている事でしょう。

今の時代、商品の情報やコーディネートなどはECInstagramをはじめ、インターネットで無料で、しかも膨大な量を見れるようになっています。また、dマガジンなどの雑誌読み放題サービスも充実しており、こういった情報の付加価値が相対的に陳腐化してきているように思うのです。

その結果、今やファッション雑誌は毎年のように廃刊され、Web中心のビジネスモデルに切り替えざるを得ない状況。最盛期には月間で100万部以上を発行していた人気ファッション誌も、今やその数は5分の1程度に縮小しているのが現実です。そんな中、狙ってやったのかわかりませんが、ananが「カタログガイド」的なファッション雑誌から、今のような内容に変化したのは、生存戦略として正しかったのではないかと。

 

ファッション雑誌だった頃の要素が残る雰囲気


Giulia Bertelli

そんなananですが、ただただ美男美女を掲載し、人気を博している訳ではありません。ファッション雑誌だった頃の面影はしっかり残っており、ちょっとしたファッションの特集もちらほら見受けられます。同様にアイドルを掲載している雑誌は市場に複数ありますが、そういった雑誌はビジュアルからも若年層以外は買いにくいでしょう。ファッションに気遣っている雰囲気があるananだからこそ、大人でも買いやすいのではないかと推測されます。アラサー以上の女性が、アイドルが表紙の雑誌って抵抗あるかと思うのですが、それを感じさせないところは秀逸です。食の特集も充実していて、「ライフスタイル誌」という免罪符が買いやすさを助長しているように受け取れますね。


時代によって移り変わるファッション雑誌ですが、今の時代のようにどこでも簡単に無料で製品情報やコーディネートが見れる時代に、ananの変遷は、時代を象徴しているのではないか。Twitterのトレンドにあがるananの表紙を見て、ふとそんな事を考えてしまいました。

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